苦難を乗り越える成功者たちの思考と体験

 名字の言
 明治初期、戊辰戦争で焼け野原となった長岡藩に、
米100俵の支援が届けられた。藩の大参事・
小林虎三郎は、あえてそれを人材育成の元手とした。

 

「(窮状)だからこそ、いま学校を建てて将来を
期したいのだ」と(『国を興すは教育にあり』麗澤大学出版会)

 

▼創設された国漢学校からは数多の英才が巣立ち、戦後の
復興をけん引した。

 

米俵に”藩の希望”を見いだした先人のように、試練の中でも

志(こころざし)一つで、全てを未来を開く糧にできる。

 

▼ある女性部員は結婚し、2人の子宝に恵まれたが、
厳しい経済苦に直面した。

 

家計は火の車で、頭の中は金策ばかり。大病も患った。
その惨めさは言いようもなかった。

 

▼それでも、同志の励ましを受け、必ず幸せになれると
信じ、学会活動に挑んだ。

 

薄紙をはぐように生活は安定。乗り越えた宿命は全て、
共に寄り添う使命に変わった。

 

母の背中を見て育った子どもたちも後継の人材に。
「苦労にさえ感謝できる自分になれた。それが最高の
功徳です」

 

▼白米一俵御書に「凡夫は志と申す文字を心えて仏に
なり候なり」(新2053・全1569)とある。

 

その時、その瞬間にどう決意し、行動するかで未来は
いくらでも変えられる。清新な息吹で、新たな挑戦を
開始しょう。 (閃)

 

 2022/07/19(火)名字の言、聖教新聞から転載。

 

 「家計は火の車で、頭の中は金策ばかり。大病も患った。
その惨めさは言いようもなかった」。

 

この時期の惨めさ、生活苦、金欠は耐えがたいものだったことは
想像がつく。そんな苦境を励ましてくれる仲間がいて、
信心があるからこそ、乗り越えていける。

 

 これがまじめな学会員の強さ。